コラム > 2009/10/31 知るということ
知るということ
ヒトは生まれた時、何も知りませんよね(本能という行動を除いた話ね)。親がしゃべる言葉を聞き、マネをしてじきに言葉の意味を知る。小学校、中学校の義務教育では教科書に書いてあることをセンセに教わることによって物事を知ります。高校だ、大学でも基本的には同じでしょう。センセの話を聞いたり本を読んだりして物事を知っていきますよね。
自分が話す事柄というのは実はこうやって知った事がほとんどでは無いでしょうか?つまり教わったこと、本で読んだこと……要するに「自分のオリジナルの言葉ではない」と。
自分の考えた言葉……なかなか無いんじゃないですかね、相当意識しないと。もっともらしいことを言っても誰かの受け売りだったり。今まで見聞きしてきたことを合わせていたり。それがダメだというわけではないんです。ある事柄を知らない人に伝える時は自分の知っている知識を集めて説明することになりますよね。それはそれでOKでしょう。
私は見聞きした情報だけで止まるのでは無くその先に進みたいのです。○○は××だ……という評価があったとしてどうして××なのか?それ以上(もしくはそれ以下)は無いのか?別の見方は?別の使い方は?など多角的に考えたいのです。
その為にはモノの見方や考え方を「知る」必要があります。その為には自分1人でただ考えるのではダメかと。今以上の発想をするためには今以上の物事を「知る」必要があると思うので。
その手段として私は読書と映画を取り入れています。読書は昔から好きで高校の頃は文学書、大学の頃はノンジャンルで色々。自営の今はビジネス書がメイン。大学の頃から本代は月に1万は使っていました。今はもっと多いですね。とは言え新書は週に一冊のペースですが。(雑誌のたぐいも多いです) 週に一冊でも年に50冊、自営で7年、350冊ですか。そのくらいは読んでます。ちなみに本は借りません、買います。自分のお金で買わないと本気で読まないと思うので。
商売の方法って人それぞれで面白いんですよね、それを知りたい。良いと思えることは取り入れますし失敗談も勉強になります。色んな考え方を知り自分のスタイルを作り上げて行きたいのです。まだまだその過程ですけどね。
映画は娯楽じゃん!とも言われそうですが否定もしませんよ(笑) 単純に楽しむだけに観る映画も確かにあります。疲れているときは良い気分転換になりますので。シリアスなものを観るときは「監督は何を伝えたいのか?どう伝えたいのか?」を意識して観ています。正解は無いかも知れませんが考えることが目的なので。
今の仕事でよくロドスタのことで質問されます。そんな時、雑誌やネットで書かれていることを言うだけじゃ信頼されないと思うんですよね。自らの体験、考えを示していくことが大事じゃないかと。
知ることに貪欲になって、そして考えて行動すると。それがオリジナルな言葉や行動だと思うのです。